
はじめに
NetBSDとは20を越えるプラットフォームの上で動作する、カバーアーキテクチャの広いUN*Xシステムの一つです。ここではそのPortsのひとつ、NetBSD/Mac68kについて取り上げています。
俺を導いてくれた先輩たちに感謝
MacBSDを知ったのは雑誌の68kMac再生の記事だった。右も左も解らないまま、とにかくインストールし、僅かに知っているコマンドを叩きつつ、OSと、学生時代にはろくに習わなかったTCP/IPを基軸にしたネットワークをいろいろいじりながら覚えて、書籍を買いあさり、結局オライリーにまで踏み込んで、ついには実用サーバとして稼働させるに至りました。
ここ3年ほど電源も切らず、ず~っと動いてきたNetBSD。バージョンはどんどん上がり、俺をここまで導いてくれた書籍の著者の方々もLinuxに活動の場を移してしまった。しかし俺はやめるわけには行かない。LC475が起動する限り。どうやら俺はMacOSのユーザー体験だけではなく、Macintosh LC475というキカイに惚れ込んでいるらしい。(いっとくが決してそんなに素晴らしいマシンではない)
しかし1.5の時代に入り、いよいよ導師がいなくなったNetBSD。しかし俺をここまで鍛えてくれたLC475とUNIX/Linuxコミュニティに感謝を込めて、ここにまとめます。
おわりに
ここもobsoleteなわけですが、ささやかながらアクセスが絶えないので残しました。
ここを立ちあげるモチベーションとなったLC475は2008年まで現役でしたが、ネットワークカードを認識しなくなってしまい、退役となりました。思えば1996年から12年、個人的に譲って頂いたマシンなのでその前に3年くらい稼動したマシンなので、本当によく頑張ってくれました。ウチにあるどのMacより長生きし、その天寿を全うしました。
LC475、このマシンのおかげで俺はコンピュータソフト業に復帰し、普通に暮らせる程度の収入を得ることができています。
RDBなんて高値の花で、今のようにフリーのパッケージなどなく、俺自身もプライマリキーという単語さえ知らなかったくらいの時、Web+DBの仕事依頼があったときにも、475は幾度もコンパイルにコケながら一晩かけて本番環境と同じMySQLの2だか3だかをコンパイルしてくれた。「弄り壊してもいい本番と同等の環境」で必死に勉強し、フロントを担当する別の仲間にはテレホタイムにIPを通知して開発してもらうなどして、どうにかC/S顧客管理のプログラムを納品できた。その僅かの期間ながら激烈に集中した時間が俺のデータベース基礎になった。
同じ様なことがいろいろあって、漫画とSOHOの二足草鞋時代の俺を支えてくれたのは俺を信用してくれたお客さんや紹介してくれた仕事仲間、そしてLC475とNetBSDだった。
大変コンパクトなマシンだったので、出来れば最後は漢字Talk7に戻して、テキスト打ちぐらいには使ってあげたかったが、ネットワークを除くとADBとRS-422とFDDしかなく、データを移動ができなくなってしまったので、半年ほど思い出のオブジェとして置いておきましたが、結局処分することにしました。
漫画やドラマでは非常に良く聞く月並な言葉で申し訳ないが、言わせて欲しい。
ありがとう、そして、さようなら、LC475。